I’ll never love again 55
「それで先輩は……どうなさるおつもりですか?」
真っ赤なレアステーキを小さく切ってフォークで口に運びながら、三条桜子は向かい側に座るつくしを見た。200gの最高級ヒレステーキに夢中でかぶりついていたつくしは、粘着質な視線に気づいてそっと顔を上げた。
「どうって……別に、どうもしないよ?」
桜子のアーモンドの形をした蠱惑的な目が、長い睫毛と共に揺れている。透けるように白い肌が呆れと怒りを含んでピンク色に染まり、息を飲むほど美しかった。つい見惚れてしまい、ナイフとフォークを持つ手が止まった。
ピンクベージュのリップが引かれた唇辺りを手元のナプキンで拭く姿は、気品に満ち溢れている。桜子は小さく咳払いをすると、右手を上げて近くの給仕を呼んだ。
ライスを追加して頂戴と、彼女が囁くのが聞こえた。つくしは自分の皿が空になっているのに気づき、苦笑いした。
「ちょっと桜子……さすがの私も、もうお腹いっぱいだから…」
「いいえ、駄目です」その目が強く光った。「先輩はたくさん食べないと。痩せるのは許しませんよ?」
それが桜子なりの優しさと気遣いだと知っているつくしは、諦めて有り難くおかわりを頂くことにした。
17年前から今まで……この可憐な美女にどれほど助けてもらったか、知れない。
1人で全てを解決することなど不可能なのに……何故かあの頃のつくしはそうできると信じていた。
偶然の重なりが無ければ、桜子とのつながりは断ち切られたままだったろう。
事情を知らない優紀や滋と同じように、心配しつつ距離を置いたに違いない。
当時は三条家も大変だった。彼女は高校生なりにホスト役を務めるなど、家の手助けに奔走していた。そんな中でもつくしを気にかけ、様々な援助をしてくれた。
こんな時、痛感する。
いろんな人に支えてもらって、今の自分がある。1人では、とてもここまで来られなかった。
桜子、亮二……渡米した後も、リードや同僚たちの努力する姿に何度も励まされた。
医師になって出会った、たくさんの患者やその家族。彼らと過ごした長い時間。
全て自分の財産だ。
だからこそ今、つくしは自分を少しだけ肯定できるようになった。
「それはそうと、先程の話ですよ? 先輩」
「……うん」
桜子がいつも容赦無いのは知っていた。だからつくしは覚悟を決めて前を見た。
「道明寺の話、だよね……」
ここは東京都港区白金にある三条の本宅だ。
東部大学医学部付属病院を退職したつくしは、時間に余裕が出来たこともあり、久しぶりに桜子を訪ねることにした。彼女から大事な話があると言われていたので、ちょうど良いと思った。
桜子はつくしの言葉に眉を顰めると、近くに控えていた使用人たちに目配せし、彼らを下がらせた。司が動き出した以上、細心の注意を払う必要があった。
人がはけていったのを確認し、桜子がやっと口を開いた。
「先月、おじいさまが経団連の前会長の
つくしは桜子の祖父、三条幸太郎の…黒目がちで細い皺だらけの目と
「おじいさまも102歳になりますから。ぼけてはいませんけど、うっかり口を滑らせる…ということもあり得ます」
つくしはその身も蓋も無い言い方に、二の句が継げない。ぼけではなく…認知症と言って欲しかった。
「道明寺さんは既に、かなりの情報を持っていると考えていいと思います。もちろん戸籍も調べているはずです」
本来であれば個人情報の最たるものである戸籍が、簡単に他人の知るところとなるのは大問題だが、道明寺司にそんな常識は当てはまらない。
あの絶対王者が、この国で出来ないことは何もないのだから。
つくしは温かいライスを口の中に入れた。やわらかい甘みが広がる。やはり魚沼産のコシヒカリは最高だと思った。
「道明寺が、今さらそこまでするかは疑問だけど……仮に調べられたって何もないよ」
「あるじゃないですか。道明寺さんが絶対に知りたいと思うことが」
「え……?」
つくしは
彼女はティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、溜息を吐いた。
本当にこの人は……自分のこととなると、呆れるほどニブい。
「道明寺さんは、なぜ祖父に会いに来ようとしたのでしょう? まずアメリカで先輩との会話を聞かれていた可能性があります。そこから私達に接点があることを知った。これは間違いありません」
つくしの生唾を飲み込む音が聞こえた。
「同時に先輩の17年前の動向も、出来る限り調べたはずです。先輩が京都にいたことは、住民票の記録ですぐにわかります。そうなると、私、先輩、京都が繋がります。当然、病院に目が向きますよね」
「そして……戸籍の情報です」
そこまで聞いた時、つくしの顔面が蒼白になった。彼女はやっと、その事に思い当たったようだ。
「………もしかして……道明寺は…」
「そうです」
「……あの子を…あの時の子供を、道明寺さんは捜してるんです」
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