結婚のススメ 27



 2人でペントハウスに戻ったのは、約ひと月ぶりだった。


 つくしが荷物を整理している間、あきらは何気なく冷蔵庫を開けた。其処には作り置きしたおかずが、容器に入って綺麗に積まれていた。

 日付とおかずの中身が書いてある付箋を見た時、あきらは喜びと後悔に胸が締め付けられるのを感じた。


「あ!」
「それ駄目……!もう悪くなっちゃってるから……」


 慌ててこちらに走って来た妻を、彼は思い切り抱き締めた。
「ごめん……ありがとう……」


「……あきら、さん?」


「つくしは俺のことちゃんと考えてくれてたのに……」
「夫失格だ」


 そんなこと無いと口に出そうとしたが、締め付ける力が強くなって、声を発することが出来ない。

 不意に力が弱まり、つくしは横抱きに抱えられた。気が付けば寝室のベッドの上で……あきらの愛撫を受けていた。


「……だめっ……」


 抵抗も虚しく、つくしは愛する男によって与えられる快楽の波に溺れ、飲み込まれて行った。





 あきらが目を覚ました時、既に日は落ち、周囲は闇に包まれていた。腕の中には史上の幸福がある。それだけで充分だった。

 彼女を起こさないように、そっとベッドから出て階下へ降りる。
 冷蔵庫の中のミネラルウォーターを取り出した時、何処かでバイブレーションの音がした。


 ダイニングテーブルの上で光っているのは、つくしのスマートフォンだ。あきらは何気なくディスプレイを見て……表情を曇らせた。


 そこにあったのは、水樹翔太の名だった。


 無意識に、手を伸ばす。


 夫婦とは言え、明らかにルール違反だと分かっているが、そうせずには居られなかった。



〖もしもし?つくし?俺……〗


 応答した瞬間、聞こえてきた馴れ馴れしい口調に、怒りが込み上げる。


「つくしは今、寝てる。こんな時間に何の用だ。非常識じゃないか」

 沈黙は数秒だけだった。
〖……24時間、いつでも連絡相談可能っていう契約なんだけど。俺たち〗


 無遠慮な態度を怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、必死に耐えた。相手は二十歳そこそこの子供だ。簡単に挑発に乗るわけにはいかない。
「……妻は疲れてるんだ。明日にしてくれないか」
 “妻”という言葉を強調したのは無論、ワザとだった。

 
 そのまま通話を切ろうとしたが、嘲笑を含んだ声が聞こえ、思わず手を止めた。


〖……ヨユー無いんだ。あの美作あきらが……ダサイね〗


「……なん、だと?」


〖いい加減、離してやってよ。もう十分だろ?〗


「………」


〖ここ最近のつくしは、全然笑わないし、食欲も無いし、とにかく辛そうだ。彼女らしくない。全部、あんたのせいじゃないか〗


「黙れ……」


〖宮内浩美、だっけ?盛んにSNSでアピールしてるけどさ。あのゴージャスな美女の方が、あんたには似合いだと思うけど〗


 ーーーーー SNS?

 あきらの眉間に皴が寄る。

 つくしの動向が気になるあまり、チェックするのは彼女の周囲ばかりだった。確かに浩美なら……SNSで匂わせたこともあるだろう。それをつくしが目にしたかもしれない。


 迂闊、だった。


 当然、予測できたことなのに……全く考えもしなかった。


〖俺は認めない。あんたとつくしは、不釣り合いだ〗


 電話の向こうで翔太が勝ち誇った笑みを浮かべている。なぜかそれが……手に取るようにわかった。
 あきらは強く拳を握りしめ、唸った。


「……俺たちは夫婦だ。お前が入り込む余地はねぇぞ」


〖そんなの関係無いね。人妻って”そそる”じゃん〗


「てめぇ……」


〖あれ?おかしいな。あんたなら、同意してくれると思ったんだけど〗
〖……“人妻キラー”の美作あきら……〗


「おい……いい加減にしろ‼」
 スマートフォンを持つ手が、怒りで震える。
「いいか?つくしに手を出したら……ただじゃ置かない」

「あいつは俺のものだ」


 通話を切り、スマートフォンをテーブルに置く。叩き壊したかったが、必死に耐えた。
 翔太の言葉、ひとつひとつが……容赦なくあきらの脳に突き刺さる。


 確かに結婚してから……彼女の笑顔を目にする機会が減った。幸せにすると言いながら……泣かせてばかりいる。
 つくしの優しさに甘え、仕事に明け暮れ、ちゃんと守ることも出来ず、嫉妬ばかり感じて……



「あきらさん?」

 囁くような声が聞こえ振り返ると、薄暗い室内に寝間着姿の妻が立っていた。
「どうしたの?また……具合悪いの?」

 小さく温かな手が、そっと額に当てられた。「熱は……無いね」

 離れて行こうとする手首を掴み、あきらはその手の平に強く口付けた。
「つくし……」


 ーーーーー 俺といるのは辛いか?


 喉元まで出かかった言葉を、声に乗せることは出来なかった。

 辛いと言われてしまえば、それですべてが終わる。卑怯なのは十分承知で、あきらは呪縛の言葉を紡いだ。


「側に居てくれ」
「お前を離したくない。愛してるんだ……」


「あきらさ……」


「28日。誕生日だろ?その日の夜は絶対に空けといて」


 握る手と見つめる瞳に力を籠める。否とは言わせない……強固な意志が伝わったのか、つくしは儚げに微笑みながら、小さく頷いた。




+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+



 夜が明けてから、あきらはつくしを乗馬に誘った。2人が通って来た道をなぞることで、あの時と同じ気持ちになれるのではないかと期待した。


 ベンヴォーリオに乗り、うっすら雪が積もった馬場を駆けた。ひとしきり遊んだ後、近くの別荘を訪れた2人は、薪ストーブの前で床の上に広げられた夕食を食べ、ワインを飲んで談笑した。焔に照らされた妻の横顔を見るうち、その妖艶さに我慢できなくなったあきらは、半ば強引に彼女を組み敷いた。

 つくしは夫の逞しい体にしがみ付き、声を枯らして啼いた。何度もあきらの名前を呼び、最後には気を失うようにして眠りに落ちた。


 上手くいっている。
 自分たちは愛し合っている。


 何度そう言い聞かせようと……あきらの内に在る不安が消えて無くなることは無かった。
 

 ーーーーー 理由は……わかっている。


 つくしの笑顔が、いつもどこか悲しそうだから。
 前とは違う……見ているこちらまで心が温かくなるような……そんな笑顔は見せてくれない。


 「愛してる」と告げても、大きな瞳が輝きに満ち溢れることは無い。
 キスをしても、こうして抱いても……虚しさと焦りばかりが募っていく。



 ーーーーー いい加減、離してやってよ。もう十分だろ?



 水樹翔太の勝ち誇ったような声が聞こえた気がして、あきらは強く目を閉じた。


 臆病者と蔑まれても、絶対に離したくない。


 強く願いながら、彼は妻の華奢な体をそっと抱き上げ、ベッドルームに向かった。








大変長らくお待たせいたしました(;_;)
取りあえず完結までノンストップで毎日更新いたします!


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Comments 7

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  • 2021-04-10 (Sat) 16:38
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のり

更新ありがとうございます。
続きがずっと気になっていました。2人に早く幸せが訪れますように。
あきらがんばれ!

  • 2021-04-10 (Sat) 12:41
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  • 2021-04-10 (Sat) 10:25
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  • 2021-04-10 (Sat) 07:42
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  • 2021-04-10 (Sat) 02:38
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紫陽花

お待ちしておりました!!
1日も早く つくしchanを幸せにしてくださいませ。
よろしくお願いします。

  • 2021-04-09 (Fri) 23:57
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  • 2021-04-09 (Fri) 21:55
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