Starting Over 12 - Starting Over[完]    
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Starting Over 12



 テラスに出ると、探していた男が椅子に座って微睡んでいた。


「花沢類!」

 久しぶりにそう声をかけられ、類はゆっくり瞼を開けた。英徳学園の制服を着た幸せそうな少女の笑顔が見え、彼は眩しそうに目を細めた。

「牧野……どうしたの?」


「花沢類を探してた」


「……どうして?」


「診察したいから」


「……は?」
 

 呆気にとられる男を尻目に、つくしは鞄の中から聴診器を取り出した。


「西門さんと美作さんは終わったの。後は花沢類だけ」


 はい、お腹出して?とつくしは平然と告げた。

 類は心底嫌そうな顔をして女医を見た。
「急に何さ……」


「急に、じゃないよ。ホントはずっと定期健診しなきゃって思ってたんだから。あんたたち、働き過ぎだし……」


 言うが早いか、つくしはあっという間に、服の裾から聴診器を忍ばせた。診察する彼女の顔は真剣そのもので……こういう時は恥じらいも何もないのかと、類は小さく息を吐いた。


「うん。心音も肺音も問題無し。でも……」

 今度は顔に手を伸ばし、目の下を引っ張る。
「貧血はそんなに改善してないね。前回は確か……Hbが11ちょいだから……もっと鉄分摂ってよ」


 鞄の中からディスポーザブルのシリンジと針を取り出し、素早く装着し、類の腕を掴む。


「また血、取るの?」


「またって何よ?どうせ忙しくて、ろくに健診も行ってないんでしょ?」


「今はちゃんと休み取ってるよ。田村に聞いてよ……」


「いいから!」針を光らせながら、彼女は薄茶色の目を睨んだ。「血液は誤魔化せないからね?結果が出て酷かったら、フランスに飛んでくから」


 類が文句を言う前に、針が血管に刺さり血が抜き取られた。スピッツの中に流れる赤い液体を満足そうに見る姿は、マットサイエンティストのようで、類は思わず身震いした。


「これで終わり」

 満足そうに笑うつくしを見て、類はふと疑問を漏らした。
「……ねぇ」
「そんなに、長生きさせたいの?」
 

「何言ってるの?当たり前じゃん!」


「俺はさ……」
 ビー玉の瞳を美しく煌めかせ、類は小首を傾げた。
「司よりも長く、牧野より短く、でいいよ?」


「………え?」

 クスクスと声を出して笑う……その悪戯っぽい表情は、つくしの心を芯から和ませる。
「花沢類……それ、無理かも」


「どうして?」


「だってあいつ……100まで生きるって豪語してたから」

 一瞬、言葉を失ってきょとんとしていた類は……やがて弾かれたように笑い出した。
「司……あいつ……サイコーだね……」


 腹を抱えて笑い転げる姿に呆れ、つくしは肩を竦め溜息を吐いた。

 ………それは、恐らく類にしかわからない……彼女の心の揺らぎだった。


「牧野」
 急に真顔に戻った男が、頬杖をついたままの姿勢で言った。

「……ん?な、なに?」


「司と話し合ってる?」


 
 脈絡も無い言葉は発したのが類以外なら、間違いなく一笑に付されていた。

 だが誤魔化すことなど出来ない。
 自分の一部で在り続ける彼を。



「……ううん」
 つくしは力なく首を振った。
「もう少し、待とうかなって」


「どうして?」


「……ずっと、悪夢を見てうなされてたの」


「司が?」


「うん。最近やっと落ち着いたから……あまり、急ぎたくないんだ」


「でも、牧野は望んでるんだろ?」


 確信を突く言葉に、彼女は苦笑を返した。


「………確かに、年齢のことを考えると……のんびりもしてられないんだけど……」
「でもどうしてもってわけじゃない。あたしたちには、ジョンもいるし」


「……ふうん」

 相槌を打つ類は……納得したわけではなさそうだった。
「だけどまあ、わかんないよね」


「……何が?」
 意味ありげな口調は、つくしの顔を曇らせた。


「特にこういう時はさ?本人たちの気持ちとは別に、思いもよらない“爆弾”が落ちたりするから……」



 全て言い終わらないうちに、早速その“爆弾”が投下された。



「ちょっとおお~~!!滋ちゃんは聞きたいんだけどさあ……」
 室内で強かに酔っぱらったショートカットの美女が、突然、大声を張り上げた。
「司たちはまだ、子供作らないのお⁈」


 テラスに居るつくしよりも過敏に反応したのは、ソファーに座ってウイスキーを飲んでいた司だった。彼は向かい側に座るあきらも驚くほどの冷たい目をして、滋を射抜いた。


「おい、滋……お前、ちょっとは遠慮しろよ」

 
 状況を察したあきらが声を落として忠告するが、もとよりそれで黙るような彼女では無い。


「ええ~~?なんでぇ~~?」
「だってつくしは腎移植も成功して、健康になったじゃん。もう赤ちゃんだって産めるはず……」
 キョロキョロと周囲を見渡す滋は、テラスに居るつくしを見つけて満面の笑みを浮かべた。

「ね?そうだよね?」


 話しの矛先が自分に向いて驚いたつくしが「へ?」と、鼻に抜けるような声を出した。


「………それともぉ~」
 次に天然女の餌食になったのは、カウンターでアイスクリームを食べていた少年だった。
「ジョンが嫉妬するから?パパとママを独占したいって……」


「………はあ?」
 形の良い眉が大きく吊り上がる。
「冗談言うなよ!俺、そんなガキじゃねぇっ!」


 しかしそこで空気の読めない彼は、やはり子供だった。
 椅子から下り、大股でつくしのところまで歩くと、茫然とする彼女の手を取った。


「いい機会だし、俺……ママに言いたいことがある」


「な……何?」


「子供を作らないのは……もしかして俺のせい?」


 少年の顔が傷ついているように見えて、つくしは胸が痛くなった。


「ち……違うよ!ジョン!」


「じゃあどうしてだよ?」
「俺……2人が結婚したら、弟か妹が出来るって……凄く楽しみにしてたのに……」


 彼には父親違いの双子がいるが、兄弟と実感できるほど近い存在では無かった。双子達は殆どダニエルの家に居て、一緒に暮らした記憶は皆無に等しい。


「俺に遠慮してるなら、そんなの止めてよ……」


「ジョン!止めろ!」


 突然、バリトンの罵声が響いた。

 司はソファーから立ち上がり無言でこちらに歩いてきた。その顔は怒りと不機嫌に満ちていた。
「これは俺たち夫婦の問題だ。子供のお前が口を出すんじゃねぇ」


「おとうさっ……」「それに」


「俺は一生、子供を作る気はねぇ」
 司は自分より背の高い息子の肩に手を置いた。
「俺たちには、お前がいるだろ」



 側で見ていた類はその時、つくしの横顔が苦しそうに歪むのをはっきり見た。
 彼女の思いを知らずに暴言を吐く親友に一言言ってやりたかったが、あきらと総二郎がそれを諫めた。


「止めろ、類」
 耳元であきらが言うと、総二郎も同調した。
 
「お前の気持ちはわかるが、これはあいつらの問題だ。俺たちに出来ることはねぇよ」



 2人の言うことも尤もだった。
 だから類は悲しげな表情をするつくしを見守るだけで、結局、口は出さなかった。




 室内は重い空気が漂っていたが、諸悪の根源である滋だけは元気だった。「ひっどおい、司!」などと悪態を吐き、桜子と和也に引っ張られ、奥の部屋に消えていった。



 気まずい雰囲気に耐えられなくなったつくしは、ワザと明るく言った。
「ちょっと司もジョンも、いい加減にしてよ……」
「みんな引いてるよ?この話はこれで終わりっ!」


「……ママ」


「ジョンは明日、アメリカに帰るんだから……あまり遅くまで起きてないで、早く寝なさい」


 つくしはジョンの背中を押しながら、司を見上げた。
「あたし、先に部屋戻って寝るね。あんたはみんなと、もう少しゆっくりして」


「……あ?」
「ああ……」



 そのまま立ち去っていく小さな背中を見送る司の瞳は、苦悶に満ちて濁っていた。






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Comments 2

NUN
NUN
Re: タイトルなし

s****様

コメントありがとうございます!
いつもながら腹抱えました♡

総二郎君、お尻注意報が出ましたねぇ(爆)
早く逃げて~!!

司も100歳、類も100歳でCM出たら凄そう♪

司君の弱い部分が出てしまってますがどうなりますか??
続きをお楽しみに!

  • 2020/11/23 (Mon) 19:17
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  • 2020/11/22 (Sun) 12:00
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