Starting Over 11 - Starting Over[完]    
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Starting Over 11



 アフリカの中央部に位置するナイジェリアは、熱帯雨林気候に属している。
 1年を通して高温多湿であり、4月から10月の雨季には最も多い月で200ミリ以上の累積降雨量となる。
 
 乾季の終わりである3月。その日は快晴だった。





 司とつくしの結婚を祝うパーティーが、友人たち主催でささやかに営まれた。とは言え、ナイジェリアでも最高級ホテルのラグジュアリースイートを貸し切って行われたその宴は、到底ささやかとは言い難い絢爛さだった。


「これ、結婚祝い」
 総二郎がワザとらしく、書類の束をテーブルの上に置いた。隣のあきらは、幼馴染の肩に肘を置いてニヤニヤしている。

「……なんだ?」司の眉が上がる。

 あきらが先を続けた。
「孤島の別荘の権利関係」
 

「あ?」


「管理会社の代表はお前にしてある。維持費は俺らが運用してる資金から、自動で払われることになってっから」
 得意気に総二郎は顎を持ち上げた。
「新婚旅行、まだなんだろ?庶民のお前には海外旅行は贅沢だが、ここならタダで泊まれるぜ」


 司の頬が不機嫌を現わして、奇妙に痙攣した。

 紙の書類まで丁寧に準備するとは……幼馴染のやりそうなことだと思い、彼は眉を吊り上げた。
「お前らの気持ちはよく分かった。ところで……総二郎」


「なんだ?」


「最近、つくしのダチ……ユーキ、だったか?そいつの子供と会ってるみてぇだな」


 口を付けていたウイスキーを吹き出しそうになり、総二郎は慌ててコップを置いた。不自然な動揺に、あきらは目を細めて横を見た。


「……お前らの婚姻届けのことで色々、話すことがあって……そのついでってだけだ」


「へぇ~……」
 司は意味ありげな笑みを浮かべながら、スマートフォンを繰った。
「一緒に遊園地に行って、か?」

 示されたディスプレイには、可愛らしいネズミの耳のカチューシャをつけ、ポップコーンの大きな容器を首から下げた総二郎の姿が写っていた。

「………なっ!」
 真っ赤になってそれを捥ぎ取ろうとする男をかわし、司は喜色満面の笑みであきらを見た。

「俺らも見たことねぇよな。お前のこんな姿は」


「……確かに、な」
 顎に手を置いてふんふんと頷くあきらと司を苦々しく見ていた総二郎は、何かに気づいて、自らもスマートフォンを取り出した。

「俺も見たことねーよ、お前のこういう顔」


 司が何気なく視線を向けた先には……つくしと撮った例のプリクラ写真が在った。

 デカ目加工や美肌加工を施されエイリアンのようになった司が、小顔ポーズで目をキラキラさせている。顔の下に書かれた“司君だお”という文字にはハートマークがついていた。


「てめぇっ……!」
 憤慨した男が勢いよく立ち上がった。
「まだ持ってたのかよっ‼消せって言っただろ⁈」


「冗談言うな」
「これがありゃ、一生退屈しねーのに消すわけねぇだろ!」


「いいから消せ!」


「イヤだね!お前こそ、さっきの写真を消せよ!」


 30代も半ばを過ぎた男たちが小学生並の言い争いを始めたので、あきらは辟易して溜息を吐き、コップの中のウイスキーを口に含んだ。









「そう言えば先輩、聞きました?」
 桜子に突然、訊ねられ、つくしは首を傾げた。

「何を?」


「亮二さん。来月、結婚するみたいですよ」


「そうなの?」
 つくしは一瞬目を丸くし……やがて顔を綻ばせた。
「……良かった」

 

 去年、司との入籍を報告した時、佐藤亮二から届いたのは、実に彼らしい素っ気ない一言だった。


 ーーーーー 幸せになれ。


 長年、支え続けてくれた人に関する嬉しい報せは、つくしの心を穏やかに満たした。


「私、意外でした。亮二さんは独身を貫くと思ってたので」


「そう?」
「あたしは……納得しちゃったかも」


「……え?」


「亮二さんはずっと……“家族”が欲しかったんじゃないかなって思ってた。だから……本当に嬉しいよ」


 桜子は“家族”というワードに、どこか懐かしさを覚え、頬を緩めた。
 
 思えば20年近く前……つくしのアパートで3人で過ごした日々は、大変だったがそれなりに楽しかった。亮二が“兄”で桜子が“姉”で……心配ばかりかける“妹”を必死に守った。
 哀しい結末を迎えてしまったが……あの決断に悔いはない。

 皆、精一杯、頑張ったのだ。

 自分が後悔することは、つくしの選択を否定することになる。だから桜子は毅然として前を向いた。



「……ところで桜子はどうなの?最近……」


「私ですか?」
 彼女は20代にしか見えない美貌を煌めかせた。
「道明寺さんが辞任する前に、たっぷりと投資して頂いたおかげで……かなり業績も上がってます。来月には念願のシンガポールへの出店が叶いそうで……」


「そうじゃなくてさ……」

 桜子は友人の意図がわからず、訝し気な顔をした。
「何ですか?」


「和也君と、どうなってるの?」


「………は?」

 つくしは広いリビングで、優紀の子供たちと汗だくになって遊んでいる和也を見た。
「優紀から聞いたけど、一緒に食事に行ったりしてるんだって?」


 事実を告げられた絶世の美女は、珍しく顔を赤らめた。「ちっ……違います!あれはっ!」


「うん、わかるよ」つくしは頷きながら、勝手に話を進める。
「和也君……逞しくなったもんね。清掃業って体力勝負らしいから、筋トレしてるんだって。腕なんかあたしの2倍になってるんだもん。びっくりしたよ」


「せ……先輩!」


「いつも言ってるじゃん。男は顔より筋肉だって」


 それは数々の男性遍歴を重ねてきた桜子が最後に辿り着いた、究極の理想像だった。

 顔が良くても金があっても、体力が無い男はダメ、だ。
 30を過ぎても性欲が一向に衰えない彼女は……自分を満足させてくれる男を探し続けていた。

 SEXの巧みさは筋力で推し量れるものでは無い。
 だが体力の有無を計る、ひとつの指標にはなる。


「そっ……それにしても青池さんは無い!」


「ふうん……」

 まあいいけど、と言ったつくしはニコニコしながら桜子を見た。

「あたしはあんたが幸せになってくれたら、それだけで十分だから」


「………先輩」


 その時、向こうの方から和也の声がした。「三条さーーーん!こっちに来て一緒に遊びましょー!」


 見れば子供たちを両腕にぶら下げた和也が、人懐っこい笑顔でこちらを見ている。昔はどちらかというと童顔だった顔は、頬の肉が削げてシャープになり、年齢相応の男らしさを備えていた。


「ちょっ……なんで私……」


「いいから行ってくれば?」
「優紀はジョンと何か話し込んでるし、和也君と子供たちの面倒見てあげてよ」


 ブツブツ言いながら、それでも立ち上がった彼女の横顔は嬉しそうに輝いていた。


 満足してオレンジジュースに手を伸ばしたつくしの横に座ったのは、静だった。


「牧野さん、身体の方はもう大丈夫なの?」
 多忙を極める彼女がナイジェリアまで足を運んでくれたのが嬉しく、つくしは改めて礼を言った。

「もうすっかり元気です。それより……ありがとうございます。こんなところまで」


「いいえ。こちらこそ招待してくれて嬉しいわ。アフリカにはずっと前から興味があったの。明日、夫と子供たちも合流するから観光して帰るわ。それに……伝えたいこともあるのよ」


「………え?」


 静はスマートフォンをタップし、ひとつの画像を彼女に見せた。
 それは日本の地方新聞を写したもので、在宅医療に従事する医師についての記事が載っていた。


「………これ」
 医師の名前に見覚えがあった。


「高徳誠さん。過疎地で在宅医療に注力しているようよ」
「この間、久しぶりにメールが来て……多分、あなたに伝えて欲しいんじゃないかと思って」


 つくしは記事をじっと見つめ、徐に目を閉じた。彼はここに贖罪の道を見つけたのだろう。

 だったらそれでいい。
 同じ医師として、彼の前途が明るくなるよう祈りたい。


「ありがとうございます……安心しました」


 穏やかな表情を見て、静も軽く頷き微笑んだ。その時、つくしがふと呟いた
「それはそうと……静さん」


「何かしら?」


「ずっと言いたくて……でも言いそびれてたことがあるんです」


「何?」


「静さんの言う通りだった……」


「……え?」


 綺麗な二重瞼が、不思議そうに瞬いた。


「事故の時、貰ったパンプスを履いてました」
「新しい靴だったから……多分、走り辛かったんだと思います。ジョンを突き飛ばした瞬間……ズッコケて……」

 静は無言で、目を見開いた。

「現場検証した警察の人に言われました。もしコケてなかったら、車のフロントに頭が当たって即死だったって」
「だからあの靴はやっぱり……“いいところ”へ連れてってくれた、魔法の靴だったんだなって」

 泣き笑いのような顔になった静は、ただ黙ってつくしの手を握りしめた。

「これからどんなに貧乏になっても……あたし、靴だけはいいものを履こうって決めてるんです」


 無邪気に笑ったつくしの顔は、愛に満ちて輝いていた。静は何度も頷き、優しく彼女を抱き締めた。






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