I’ll never love again 216 - I’ll never love again    
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I’ll never love again 216



「あい、じー、えー……じんしょうって……なんだ?」


 司は長い沈黙の後、顔をしかめてやっと一言、言った。


「原因不明の難病だ。腎臓が少しずつ悪くなって……いずれは透析になる患者も多いらしい」
「子供を死産したのは……多分、その所為だ。でもあいつが悪いわけじゃ無い。つくしはギリギリまで本当によく……頑張ってた」


「牧野は……死ぬ、のか?」



 振り絞るような、喉が千切れて血を吹いているような声に、亮二はゆっくりと首を振った。



「IgA腎症は難病だが……数値を上手くコントロール出来れば、透析にならないケースもある。17で発症したつくしが40までに腎不全に至る確率は、殆ど五分五分だ。一度透析を始めれば、寿命は健康な人間の半分程度になるらしいが……」
「ハリウッドであいつに会った時は……徐々に悪化してはいるが、数値はまずまずだと言ってた。つくしは医者だ。この17年、自分なりに精一杯気を付けて、生活してたんだろう」


 

 全て初めて聞く言葉であり、内容だった。


 つくしが言っていた”話したいこと”とは……これだったに違いない。


 今、やっと結びついた。
 彼女のこれまでの言動、生き方、何もかも………





「今回の事故でつくしは、かなり多量に出血した。元々弱っていた腎臓に負荷がかかって、急性腎不全になったと医者は言ってた」
「今、透析を含めたあらゆる治療を検討してもらってる」


「………そうか」
 司は小さく呟き、ゆっくりと頭を振った。





 数分後、顔を上げた司は死人のように青ざめていたが、目には力強い意志が漲っていた。





「牧野の……」
「牧野の家族には、連絡したのか」



 落ち着いたバリトン・ボイスが静寂を打ち破った。



 その場にいた者が、思わず顔を見合わせる。
 当然するべき重要なことを怠っていた現実に、今更ながらに気づいて皆、動揺していた。
 だがそのことを最初に指摘したのが、道明寺司だということが……あまりにも意外だった。



 取り乱し、暴走し、手が付けられなくなると……誰もが思っていた。
 なのに今、視線の中心に立つ男は、ここにいる誰よりも冷静に見える。



 司は未だ床に座り込んで微動だにしない類の元へ歩み寄ると、色素の薄い目を覗き込んだ。




「おい、類!」

 だが、全く反応がない。
 左手の甲で軽く頬を打った。

「類!いい加減にしろ!呆けてる場合じゃねぇぞ!」


 容赦ない檄により、類の瞳の中の瞳孔が小さくなった。人形のようだった顔貌に、感情の火が灯る。


「つ…かさ?」
 発したのは、蚊の鳴くような声だった。


 司はその時初めて、類の白い頬に付着した血痕に気が付いた。
 よく見れば、ジャガード織の高級なスーツもシャツも両手も……乾いた血に染まっている。



 親友の有様は、彼女の怪我がどれほど酷いものだったかを容易に想像させた。



 だが司は一度目を閉じると、次々襲ってくる妄想を必死に頭から切り離した。今、類に引きずられるわけにはいかない。


「類、いいか?よく聞け」その肩を掴み、声を張り上げた。
「牧野の家族に、すぐ連絡を取ってくれ。フランスで、お前が匿ってるんだろ?」




 牧野夫妻は、フランスにある類のペントハウスにほど近いマンションに身を寄せていた。弟の進はEU最大手の投資銀行ウォーバーグの支店に出向中で、同じくフランスにいた。


 いずれにしても今この中で、確実につくしの家族と連絡が取れるのは、類しかいない。


 彼自身も、それを十分わかっているのだろう。何度か瞬きした後、ゆっくりと立ち上がった。
「そ……うだね。すぐ連絡する」
 スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、自らを鼓舞するように息を吐くと素早く指を滑らせる。


 類の様子を確認した司は、今度は後方を振り返った。


「西田」
 秘書はまだ、真実の衝撃から立ち直れないのか、その神経質そうな顔が戸惑いに揺れている。しかし司は構わず先を続けた。
「ジョンズ・ホプキンスのリードに、牧野の容体について相談したい。主治医と直接コンタクトが取れるよう、計らってくれ」
「国内の腎臓内科の権威に、片っ端から連絡しろ。手の空いてる医者は、ここに来てもらえ」



 いつもの命令口調を聞くうち、西田もようやく自分のすべきことを理解したようだ。
 眼鏡のブリッジを人差し指で上げながら、承知しました、と短く答える。


 司は唇の端だけを吊り上げ、嘲笑を浮かべた。
「あと、病院に群がる害虫を駆除しなきゃならねぇな」
「議員の汚職か不倫……芸能人のクスリでも、何でもいい。エサを巻いて遠ざけろ」



 秘書が一礼してその場を去ると、再び辺りを静寂が包んだ。






 それを見計らったかのように、1人佇む司のすぐ近くに歩み寄ってきたのは総二郎だった。
「司」
「ジョンが……特別室にいる」



 眉間に触れていた長い指が、止まった。閉じていた瞼を徐に開くと、目の前の幼馴染に無言で視線を送る。瞳が落ち着きなく彷徨っていた。



「一応全部検査したが、牧野に突き飛ばされた時に負ったかすり傷だけで命に別状はない」
「ただ……あんな事故を目の当たりにしたせいか……ヒステリーっつうのか?急に叫び出したり、とにかくひでぇ状態で……鎮静剤を打って、今休んでる」




 全て聞かないうちに、司は踵を返した。
 総二郎はその背に向かい、思わず声をかけていた。




「おい」
「ジョンは悪くねぇからな?あいつを責めるのは……」


 振り返った彫刻のような顔が、明らかな怒りの色に染まる。
「んなことすっかよ!」
 胸が締め付けられるほどの、悲痛な叫びだった。
「ジョンは牧野が命懸けで守ってくれた……俺の息子なんだ」


「悪ぃ……」
 自分の失言を、総二郎は素直に詫びた。






 何も言わず去っていく親友を見送りながら、総二郎は自分を戒めるように口の中で悪態を吐く。そうして窓辺に立つ、長身の男に目をやった。





 彼とは今日、初めて会った。





 以前から話に聞いて興味はあったが……まさかこんな形で顔を合わせることになるとは、夢にも思わなかった。


「さっきは……ありがとうございました」


 不審そうな目で見返してくる佐藤亮二は、なぜ礼を言われるのかわからないと言う顔をしていた。だから総二郎は、今度ははっきりと告げた。


「司。ああやって正気にさせてくれなかったら……もっとひどい状態になってたと思うんで」


 だが亮二は、大きな手を顔の前で振ると、虚無的な笑みを浮かべた。


「そんなことが理由なら、礼なんて必要ない」
「あれは……道明寺司のためじゃない。自分のためにやった」


 怪訝な顔をする銃和風の美男子を置き去りにしたまま、さばさばとした独白は続く。


「今まで生きて来て、ひとつだけ後悔してることがある」
「17年前のあの日、つくしの願いを聞いてやったことだ」


 それは世の中を達観している亮二が、いつまでも捨てきれなかった思い、だった。


「道明寺司と別れるために、力を貸して欲しいってな。俺はそれを……拒否できなかった」
「あいつと別れれば、俺にもチャンスがある。そういう狡い気持ちがあった。だから協力した」


 顔にかかった長い髪をかき上げつつ、窓の外を眺めるその美しい横顔には、いくつもの濃い陰影が出来ている。


「“たら・れば”の話は嫌いだが……今日みたいに道明寺司に真実を言えば……もっと違う人生があっただろう」
「あいつの隣で……つくしは幸せになったかもな」





 総二郎は黙ったまま、亮二の頬に走る醜い傷跡に目をやった。


 日本が誇る世界的な映画監督は……他人の答えを望んでいるようには見えなかった。否、もし聞かれたとしても、何も答えられるはずがない。そんな資格は自分にはない。
 17年前、少なくとも類や司よりは、冷静に事態を見ていた。なのに結局つくしの異変に気付かず、彼女を放置した。





「それに……」亮二の独り語りは続く。
「黙ってても、あいつはいずれ気づいたはずだ。自分が今、何をすべきか」



 果たして本当にそうだろうか……伝統芸道の時期家元は、亮二の言葉に賛同できなかった。
 17年のブランクはあるが、幼い頃から司を良く知っている。
 彼の中で牧野つくしという存在は、普通の恋人という次元を遥かに超えたところに在る。



 放っておけば我を失い、廃人になったかもしれない。



 だが亮二は総二郎の懐疑的な眼差しを打ち消すように、強い口調で告げた。


「あんたたちは、あいつの友達ってヤツじゃないのか?だったら、わかるだろ?」
「道明寺司は昔とは違う。 同じ過ちは犯さない。あの男は……そんなに薄っぺらい人間じゃない」





 言われて初めて、総二郎は気づいた。


 どうして司があそこまで、冷静だったのか。
 考えれば当然のことなのに、なぜかそのことに思い至らなかったのが不思議だった。


 17年ぶりに再会した時も、これといった感慨は無く、ごく自然に昔と同じ気持ちになった。
 自分たちの関係に年月というものは存在しないのだろう……なんとなくそう思っていた。





 だから司に対する認識も、10代の頃のままだった。



 総二郎は苦笑しつつ、確かにそうですね、と呟く。



 孤島の別荘で、つくしに鎮痛剤を注射した後、類に祥一郎との関係について聞かれた。
 その時の感情とよく似ている。




 どこか気まずいような……センチメンタルな気持ち。





「誰も昔と同じにはいられない」
「“行雲流水”ってことか」
 無意識に口を突いた言葉だった。


 亮二は愉快そうに眉を上げた。
「さすが茶道の家元は……話す言葉も雅だな」



 その時、低いバイブレーション音が響いた。

 亮二は一瞬、顔をしかめ、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出す。ディスプレイを一瞥した彼は表情ひとつ変えず、それを再びポケットの中に仕舞った。
「俺は東京に戻る」


「……え?」総二郎は面食らって、思わず声を漏らした。


「つくしにはお前たちがいるだろう。ここに居ても俺に出来ることはない」


「牧野のこと……心配じゃないんですか?」
 怒るようなことではないが、知らず声が刺々しくなった。



 だが亮二は眉ひとつ、動かさなかった。



「つくしはいつも言っていた。人の生死は“運命”みたいなものだってな」
「俺は運命なんてもんは信じちゃいない。ただどんな結果になったとしても、事実をありのままに受け止めるだけだ」




 亮二は桜子に軽く挨拶をした後、一度も振り返らずその場を後にした。あまりの潔さに、自分達とは違う次元の器を見たと、総二郎は思った。






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Comments 2

NUN
NUN
Re: タイトルなし

s****様

コメントありがとうございます!

亮二君は何もかも完璧なようで、やはり彼にもやり直したい過去があったんですね。
司君は前半がヘタレていた分、最後の巻き返しに期待して頂きたいなと。

この司君が書きたくて、頑張りました♡

  • 2020/10/19 (Mon) 20:43
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  • 2020/10/18 (Sun) 22:23
  • REPLY