I’ll never love again 148 - I’ll never love again    
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I’ll never love again 148




 隠し部屋に入り倒れている司を目にした時、あきらは一瞬、彼が死んでいるかと思った。



 呼吸を確認した時は、心底安堵した。
 それから他のSPの力も借り、別荘から数百メートル離れた管理棟にある一室へと司を運んだ。
 あと数分待って目覚めなければ、ドクターヘリを要請しようと思っていたところだ。


「俺は……どのくらい……寝てた?」


「さあな」あきらは首を振って肩をすく めた。「そんなに長い時間じゃ無かったと思うけどな」



 司は苦しげに眼を閉じ、両手で顔を覆った。あきらは司がまた……泣いているのかと思い、体を強張らせた。


 暫くして再び現れた端正な顔は……涙に濡れているわけでも悲しみに縁どられているわけでもなかった。
 ただ見ているこっちが目を背けたくなるほどの、深い絶望だけが在った。



「西田さんから聞いたけど、お前……」少しだけ躊躇したものの、決心して先を続けた。「記憶障害……治ってなかったんだってな」


 司の目は力無く空を彷徨い、やがて見るとは無しにあきらを見た。薄い唇の端が吊上がり虚無的な笑みを形作る。


「………さっき……すげぇ頭痛がして……昔の画が浮かんだ……」


 あれは確かに、世田谷の本邸の自室だった。
 ………つくしと2人、手をつないでそこにいた。
 

 ドイツへの長期出張が決まり彼女に電話をした時、泣いている声を聞いて居ても立ってもいられず、帰国した。
 17年間、自分の脳から抜け落ちていた大切な記憶の一部が戻ってきた。


 思い出してしまえば「ああ、そうだった」と、心から確信する。
 自分は彼女に会いたくて心から求めていて、それ以外に何も考えられなかったのだと。





「俺の後遺症は、前向性健忘って障害でよ」
「牧野と過ごした思い出が、前触れも無く急に消えちまう可能性があるって言われて……いつもビビってた」


 発作が起こる誘因として、激しい運動や感情の起伏、寒暖の差、時差などが挙げられた。だからいつでも気を付けていた。特につくしと会ったり会話したりするときは、細心の注意を払っていた。


「情けねぇのは、つい最近まで……俺はその可能性を……全く考えてなかったってことだ」


 あきらは唯一無二の親友が負った深い傷を、癒す術を持たなかった。しかし、少しでも心の負担を軽くしてやりたいと思った。


「記憶が無いって……本当なのか?勘違いじゃねぇの? あの頃お前……帰国する暇なんて無かっただろ?」


 DMG総帥の省が倒れ、道明寺の御曹司として、司にはやるべきことが山のようにあった。
 その時から2人の時間は、いくつもの制約に縛られていった。
 
 NYに拠点を移してから2人が別れるまでの約9か月間、司は一度も帰国出来なかった。少なくとも、あきらはそう思っていた。


「卒業するまで時間がある時は、それがたとえ5分でもあいつに会いに行った。NYへ行ってからは殆ど毎日、電話やメールをしてた……」
 噛み締めた歯の間から呻き声が漏れた。




 いつもギリギリの毎日だった。
 

 目覚めた時から山のように仕事がある。毎日毎日聞かされる数字、他社の情報、プロジェクトの進捗状況。
 誰が味方かわからない中、一部の隙も無い戦略を立てる日々に追われていた。


 大学の講義、レポート。
 好きでもない社交の場。


 そして記憶障害。


 誰にも知られてはならない秘密を抱え、薄氷を踏むような時間を過ごした。
 1日が終わっても再びやって来る1日に、疲れ、怯え、苛立ちが募り……次第に精神をすり減らした。





「会いたくて会いたくて……気が狂いそうだった。俺自身も限界だった」
「電話した時……あいつが泣いてて……その瞬間……考えちまった」




 会いたい。
 今すぐ。




 その衝動は今まで感じたどんなものよりも、強かった。
 理性が警鐘を鳴らしていたが、それを無視した。


 


「俺は……どうかしてた。だから……絶対やっちゃいけねぇことを……やっちまった」


「どういう……ことだ?」あきらは不安そうな顔を向けた。


「………時差」


「時差?」


「……そして……あいつを抱いた……」



 前向性健忘を誘発する因子は様々あるが……時差が発生する長時間のフライトや、激しい動きを伴う性行為もその中に入っていた。








 
 あの日……自分は彼女を、どんな風に抱いたのだろう。
 



”SEXを男を怖がってる”




 類の言葉が、神経を抉る。




 オモイダシタイ。
 オモイダシタクナイ。






 
 

 司の眉が強く強く、顰められた。眦が上がり唇がわななく。


 失望に満ちた空気が広がり、息苦しくなったあきらは、コットンシャツの首元のボタンを外した。
「………牧野は……知ってたのかよ?お前の……」


「言えなかった」喉の奥から吐き出すような、悲痛な声だった。
「あいつの記憶を無くした時……どんなに苦しい思いをしたかわかってたから……言えなかった」


 不安にさせたくなかった。
 自分さえしっかりと記憶を管理出来ていれば、問題ないと思ったから。


「だけどあいつは、気づいていた……」






 電話する度、しつこいくらいに何度も聞かれた。





 “あんた、体調はどうなの?”“無理しないで、お医者さんに診てもらいなよ?”“体だけは気を付けてね”





「単純に、忙しい俺を心配して言ってるんだろうと思ってた」
「………でも違う。あいつはちゃんとわかってた。わかってたからこそ……俺に言えなかったんだ……」



 完璧な線を描く目の下に、いつもは無い苦悩の色が現れていた。平素から恐ろしく美しい男なだけに、なお一層、その影が痛々しく映る。



「司」
「お前……どうするんだ? これから……」

 
 いつまでも”黒人SP”としていられるわけでは無い。それは司自身もよくわかっている。


「俺は……あいつの……側に居たい……」


「………でもよ」
「牧野の側に居たら、もしかしてまた今日みたいなことが起こるんじゃねぇか?」


「………あいつと2人になんねぇように気を付ける」


「だけど……すげぇ苦しそうだったじゃねぇか。あんな死にそうな顔してお前……」


「構わねぇ」
 ゾッとするような声音だった。
「俺の身体なんぞ、どうなってもいい。のた打ち回っても……どれだけ苦しかろうと関係ねぇ」



 

 

 たったひとつの、彼女との真実。
 それが幸せな思い出などでは無く、忌まわしい罪の記憶だったのだとしても。





 いや。
 つくしはきっと、そんな風に考えなかっただろう。
 宝石のような命を抱き締めて……精一杯、愛を注いだはずだ。





「あいつは今も苦しんでる。自分自身をぶっ壊しちまうほど……」
「だから俺も……忘れてることを全部……取り戻す」





 17年も前の、しかも失った自覚すら無かった記憶が、そう簡単に戻るものなのか。あきらには甚だ疑問だった。




 だがもしかして司なら。




 時に人外の力を発揮することもあるこの男なら……不可能も可能にするのかもしれない。




 あきらは黙って、親友の肩を強く抱いた。司は静かに前だけを向いていた。
 いつもは全力で抵抗するその不器用で気恥ずかしい慰めが、今の彼には必要なようだった。







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Comments 6

NUN
NUN
Re: タイトルなし

悠*様

コメントありがとうございます!

胃薬はやはり新三共胃腸薬でしょうか?
一時期、手放せなかった頃を思い出してしまいました(汗)
苦い味が…

  • 2020/08/11 (Tue) 21:26
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NUN
NUN
Re: タイトルなし

100********様

コメントありがとうございます!
そして2人に優しい言葉も♡本当に感謝です。

ここまで苦しんでいるからこそ、幸せになってもらいたいデス!!
そのためにきっと、司君もつくしちゃんも類君も頑張るでしょう!!

陰謀。
そうですね。そろそろあの男のことが気になりますでしょうか?
司君はどう制裁を下すのか、回し蹴りするのでしょうか?(笑)
乞うご期待ください!

  • 2020/08/11 (Tue) 21:23
  • REPLY
NUN
NUN
Re: タイトルなし

み****様

コメントありがとうございます!

皆様のおかげでお話も140話以上となりました。ここまでついてきて下さって本当に感謝です。
ジレジレするしCPも謎だし、ヤキモキさせてしまったことと思います(まだ続きますが)

つくしちゃんの心の傷はかなり深いのですが、その理由についてもちょっとずつ明かされます。ご期待ください!


司君が反抗期の子供に、のお話……イイですね♡
そして親の想いを知ると。


本当に毎日ジメジメで気が狂いそうです<#`∀´>
私が作業している部屋は風通しが悪く、クーラーの冷気も届かず、長時間居られません。本当に困ってます!
ヤケにならないのは読者様のおかげです。
いつも優しい言葉をかけて頂き嬉しいです♡

  • 2020/08/11 (Tue) 21:19
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  • 2020/08/11 (Tue) 19:04
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  • 2020/08/11 (Tue) 18:41
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  • 2020/08/11 (Tue) 11:27
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