I’ll never love again 147
予想以上に、忙しい毎日だ。
生まれてから18年間、睡眠時間が毎日2時間しか取れねぇなんてことは、一度も無かった。
この数か月で俺がどれほど世間知らずだったかが、よくわかった。
“自分で稼いだことも無いガキ”だと、牧野に言われて腹を立てた自分がつくづく情けねぇと思う。
親父が倒れてから自分に圧し掛かってきた、とてつもないプレッシャーに時々逃げ出したくなる。
だがこの道を選んだのは、俺自身だ。
ひたすら……がむしゃらに……前だけ向いて進むしか無ぇ。
進んだ先に、牧野との未来があることを信じて。
気が付けば、もう夏の初めだった。
あいつとは電話やメールで連絡を取り合ってるが……会話は数分、下手すりゃ“元気か?”だけ。メールだって打つ暇ねぇから“元気か”“飯食ってるか”“俺は元気だ”“キョトキョトすんじゃねぇぞ”って……ほとんど定型文だ。
そうやって夢中でやってきたおかげで……少しだけ仕事に手応えを感じて来たのも確かだ。
もう少し頑張れば……日本に一時帰国できるかもしれない。
そんな甘い事を考えていた矢先だった。
DMG傘下の系列会社がヤバいらしいと……突然、ババアが言ってきた。
そこで進めてるでかいプロジェクトが今、正念場を迎えていた。元々は親父の……NY本社社長の肝いりで始まったプロジェクトだ。もし全部、パアになれば……現経営陣である俺たちに対する風当たりも、一層強くなる。
俺は早々に、ドイツ行きを決めた。
記憶障害や大学のこともあるから……行ったら多分、半年は日本に戻れねぇ。
覚悟を決めて、牧野に電話をした。
「おう、牧野。元気か? 俺だ」
〖俺って誰?ちゃんと名乗って。知らない人とは話せない〗
威勢のいい声を聞くと、妙に安心した。気が付けば顔が盛大にニヤけている。
俺の帰るところは、やっぱりここしかねぇな。
「お前に……話があるんだ」
〖……時差も考えないで、こんな時間に電話してくるくらいだからそうだろうね。で……何?〗
「……つくづく、かわいくねぇ奴だな。久しぶりの会話らしい会話だってのによ……」
いつもならすぐ、マシンガンみたいにぎゃあぎゃあ捲し立ててくるはずだった。
ひどく不自然な沈黙があった。
その時、電話の向こうで微かに鼻をすする音が聞こえ……俺はドキッとした。
「牧野……?お前……泣いてんのか?」
必死に耳を澄ましても、返って来る言葉は無い。ただ牧野が泣いている…それだけはわかる。
胸が痛かった。
心底、愛する女を悲しませてるって事実が辛すぎて……予想以上に堪えた。
「牧野?」
〖……大丈夫……だよ?あたしは……〗
少し鼻声の……わざとらしいくらい元気な声。
その声を聞いた時、俺の中で何かが音を立てて弾けた。
「牧野、待ってろ。今から日本に戻る」
〖……え?道明寺?〗〖な……何言ってんの?〗
「迎えを行かせるから……俺の部屋で待っててくれ」
渋る秘書に怒鳴り散らし、俺はプライベートジェットを飛ばした。
例え5分でも……今、あいつの側に行かなきゃならなねぇような気がした。
必死に泣き声を押し殺してた。
いつもは素直じゃねぇあいつの…それが本心だと、すぐにわかったから。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
額に冷たい、何かの感触がして、ゆっくりと目を開けた。
視界がぼやける。耳鳴りもする。まるで水中にいるような感覚だった。
「おい、司?気が付いたか?」
目を凝らしてよく見ると、自分を覗き込んでいるのは幼馴染であり親友の……美作あきらの顔だった。
それがわかって……わかった自分に心底ほっとして、司は額に乗っていた氷嚢を手で除けた。
生身の肌を感じ、自分が既に“道明寺司”へと戻ってしまっていることに気付いた。
「………ま…きの……は?」
自分の声のはずなのに、全く違うような不思議な感覚。喉を酷使しすぎたせいなのか、ひどく掠れていた。
不安を張り付けていたあきらの顔が安堵の色に染まる。と同時に、明らかに面白がっているような茶化すような口調の、軽妙な声が返って来た。
「おい、司………なんだその声は。ゲイバーのママみたいだぞ」
「………牧野はって、聞いてんだよ」
自分を睨む目が急速に細められたのを見て、あきらは背筋が凍るのを感じた。
冗談の通じねぇ奴……。
「安心しろ。牧野にはバレてねぇよ」
「お前の古女房が、上手くやってくれた」
司のスマートフォンには特殊なGPSが内蔵されている。対象者の位置が誤差数ミリ単位で特定可能なもので、測量時間が数秒で済むというのが画期的だった。まだ実用化はされていないが今後、世界の時流となっていくであろう最先端の技術だ。
司が倒れたすぐ後、あきらが西田を伴って別荘にやって来たのは偶然のタイミングだった。その時、顔面蒼白になったつくしが、慌てて階段を駆け下りてきて言ったのだ。
“SPのボブさんが、急にいなくなっちゃったの!すごく具合…悪そうにしてて……”
西田がGPSを作動させ、すぐに司の居場所を特定した。優秀な秘書は無言であきらにその位置を示すと、自分は“ボブ”を一緒に探す振りをしながら、つくしをそこから遠ざけた。
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